(Australia-Ondowner)

Q:パール・ジャムとのツアーはどうでした?
ジョニー:オーストラリアに戻ってこれて最高だったよね。ここが大好きなんだ。エディ(・ヴェダー)にも再会出来たし。僕にハワイの美しいテノール・ウクレレをくれたんだ。彼は一日36時間生きてるような忙しい男さ。
Q:忙しい?
J:彼は政治的な事柄に精通していて、インタビューでもそれをどんどん拡散していくだろう?だけどそれは全く信心ぶってるわけでも説教しているようでも反戦メッセージでも無い。ただ、ひたすら世間の人々に関心を持ってもらう為なのさ。3月以降もあちこちで沢山のベネフィット・ギグがあるけど、事前に彼が関わっているなんて事は皆知らないのさ。ショウの内容も凄いよね。彼ら(パールジャム)はヴェニューにスタジオを持っていてそれを全部レコーディングし、ミックスし、3-4日後にはライブアルバムがリリースされる。毎晩それをやるんだよ。
Q:パースでの最後のショウではパールジャムに飛び入ったそうですね。
J:そう、CCRの”Fortunate Son”を演ったんだ。ジョージ・ブッシュ政権下の今、気が利いてる選曲だよね。エディとこれを演ろうって何日も前から決めてた。シドニーのメトロで、彼はヒーラーズと一緒にこの曲を歌った。うまく行ったよ。
Q:前座で演奏するのはどういう感じですか?
J:パールジャムとツアー出来るなんて最高じゃない?お客さんはオープン・マインドでイカしているし、僕たちが見る限りじゃ何曲かはかなりノッてくれたよ。これもオーストラリア効果ってやつかもね。
Q:他に何か面白い出来事はありましたか?
J:僕たちはCD収録並に結構沢山演奏出来たんだ。まるで前座じゃないみたいにね。あと、シドニーの”デコーダー・リング”とかなんとかって面白い音楽を演るバンドも観たし、ベチャドゥーパとも共演した。奴らは最高!それから・・・マイケル・ムーア監督の映画”Bowling For Columbine”を観た。これは絶対お薦め!観なきゃだめだよ。ん~・・・っと、他に何かあったかな?・・・そうそう、ベス・オートンのステージに飛び入りしたんだ。彼女に会うのも久しぶりだったな~・・・。ザックは何足かプーマのオンタリオを見つけたみたい。やっぱりシドニーの港みたいな水辺の街は好きだな。シアトルとかバンクーバーとかね・・・。
Q:日本はどうでした?
J:日本もなかなか良かったんじゃない。僕たちも普段通りに全て行えたし、小さいカメラも買ったしね。 

オーストラリアを立つ前、ジョニーは噂に聞いたカルバー・シティの教会を訪ねようと思った。そこは・・・降霊術や新しい仏教宣教師や自己覚醒や巨大ビルへの接近、若者と老人、アフリカ系アメリカ人、白人、ゲイ、ヒスパニック系、インディアン、その他全ての人々が平等である事、瞳の表現力、ここへ来れば皆等しくほんのちょっとづつ幸福であり・・・的なものがないまぜになった場所だった。これは面白くなりそうだぞ・・・

我らの座する場はまだ騒々しかったが、いずれ静寂の境地に達する事は予想出来た。向かいにはステージ上に大きな火が灯され、その後ろにはカーブした堤のある椅子。誰もが初対面であるにも関わらず、ここに居る全員と知り合いのような振る舞いをした。ここは清らかで健康的で、魂は浄化されている。女性がひとり、壇上に歩いて行った。35歳くらいで大柄、赤褐色の髪にジョン・レノン風のめがねをかけていた。彼女が話し始めると皆その言葉に集中し、そして彼女は見事に慈悲と真実の力を示す驚くべき洞察力を与え、いかにすれば皆がチャンスのサインを感じ取れるかを説いた。彼女は賢く明敏な人々とコネクトすることが出来、また心を開くのだ。彼らは彼女とともにあり、言葉を理解し、そしてそれは最も重要な事である。痕跡も曖昧な考えもなく心も体も財布もない、新世代トリップなのだ。我々はあたりを見回し、現時点のアメリカの力に焦点をあて、全ての良いもの、悪いもの、醜いものを観る。とりわけ女性と男性の顔に驚くべき尊厳を垣間見るのである。最初のスピーチが終わると音楽が始まった。壇上の人々は椅子から起きあがり、皆モダンでソウルフルなゴスペルサウンドに身を揺らした。愉快な時間が訪れた。そのコーラスは聞いた事もないほど幸福感に満ちており、ジョニーをすぐに入信させてしまうかのような自由と快楽の響きがあった。彼は最初にバンドに入るならばそれがいいだろうと考えたが、彼らは自分をオーディションするんじゃないかと心配した。5-6曲ほどスウィングさせてロックするような曲があったが、それらは牧師の奥さんによって書かれたという。最後の一曲を彼女自身がリードボーカルを取った。歌が終わると、我々は空に両手を伸ばし、ここに或る事を感謝しなければならないような気分になった。そして膝を折りクロールするように威厳ある人々を通過して出口に向かう事は、とてつもなくふさわしくない事のように思えた。

地獄のようにも思えたが、我々は留まり、己の資質と対峙するうちに、段々と心地よくなっていた。牧師の総体的予想のステージの後、それは彼自身のギグであり、15年間もの間この場所で行われた事だった。彼は甚だ小さく痩せた男だった。実際何人かに、”ちっちゃい”と呼ばれていた。スムースな漆黒の肌色で、高価そうな仕立ての紺色のスーツを着、短いドレッドヘアは若い頃のボブ・マーリーを思わせた。師は誠にカリズマティックで50歳にもなろうというのに28歳にしか見えない。これは大変な事だった。彼が全ての演説を終える事には、ここに座っている我々も観衆も、きっと少々以前とは異なっているであろう。量子物理学に於いて、”生命エネルギーをリリースする事”はおかしいリフであり、”貴方の魂は神の表現に憧れている”。最高のラップだ。雄弁で深淵なる事は時にとても滑稽である。流れの中に於いてスクリプト無しでどう彼が世界を観るか不思議に思うだろう。まるでアイズレーのライブを初めて聞くかのように。時折、彼はクリス・ロックのようにも聞こえるが、彼の云わんとする事は重大であり、彼自身の知る所である。説法が終わる頃、我々がハッピーになる為の準備など要らないという準備が出来た。しかし、”ワオ!”だの”素晴らしかった!”だの出来るだけ云いながら去るべきである。我々は日没までに全員シドニーへ飛ぶ為にドライブしなければならない。”いや~、アメリカン・ツアーの有終を飾るにふさわしい方法だったな~”とジョニーは云った。客席の窓から山々を見つめつつ長い沈黙の末、彼は付け加える。”ギター・ショップへ行こうよ。それで完璧さ”。

Mar.14

ケルン、プライム・クラブ ”ヨーロッパの太陽”

ロードに戻ってきたヒーラーズとクルーの面々だが、ここケルンはコルンだのコロンだのとイギリスでは呼ばれているクールな街だ。この後の8日間のオフの為、サウンドチェックに余念がない。ふとジョニーは、以前ニール(・フィン)とこのクラブでプレイした事を思い出す。”ここは少しデカめの音で演れば問題ないよ” 。

ラストスパートを迎えようというこの時、新しいクルーが加わった。マードックとレビが辞める事になったからだ。彼らはツアー中、恋に落ち、これから二人で世界旅行に出掛けると公表した。 ジェイムズ:レビは日射病にかかったとしか思えないね。オーストラリアの太陽にやられちゃって、マードックの勝利ってわけだよ”。

ニュー・サウンドマンはデズ・ビンセントだ。南の何処かからきた、尊敬されるべきサウンドエンジニアという事だけしか知られていない。”彼は素晴らしいギター・サウンドを引き出してくれるよ”。そう云うジェイムズにそそのかされて、何故このバンドに引かれたのか探偵まがいの質問を彼にぶつけてみた。”誰かが呼んだのさ”。更に、ツアーは楽しみ?と訊ねたら、”そうかもねえ”と答えた。それが全てだった。・・・サンキュー、デズ。

新しいツアー・マネージャーはマックス・トーマスだが、彼はステージのフロントモニタのセッティングだってお手の物。旅の手配から霊気、ヒーリング、タロット、占星術まで必要とあればいつでもOK。ジョニーはパリのショウ前にタロットを予約、そしてアロンザは霊気を試す事にした。マックスは5歳の時から真っ白な髪だったという。

ヨーロッパツアーの前座はメロトロンで、皆また彼と共にツアー出来る事を喜んだ。ジョニーはオレンジからマッチレスのDC30にアンプを戻した。どうもオレンジはイマイチだったらしい。”やっぱコレだよね~”。そのおかげか、ヒーラーズのショウもバッチリだった。

++ Unfinished End ++

CCR:Creedence Clearwater Revivalの”Willy And The Poor Boys”収録。もの凄い某国批判歌詞です。 アルバムを引っ張り出してみたら、一曲目が偶然にも”Down On The Corner”という曲でした。

**ツアー・ダイアリーはここで終わっています(しかし凄いオチだ)が、ヒーラーズのツアーは5月一杯まで続きました。私の記憶ではもうちょっと前後になにかあったような・・・今となっては永遠の謎です。