Jan.24 Boston

ボストン・ティー・パーティ:パラダイス・クラブは演奏に持ってこいの場所だ。音がまず生き生きとしているし、お客さんをいつも近くに感じられ、イギリスはニュー・カッスルのメイフェアを思わせる。休日を取った後だったので、バンドはショウの初っぱなからいきなり飛ばしていくつもりだった。お客さんの幾人かは、最初の3-4曲は静観しているが一旦どんなものか解るとノッて来る、というような事をジョニーは思っていた。彼は堅苦しくないショウが好きだ。”僕自身が解放された気分になり、お客さんがそれを感じ取ってまた自由なショウになる。それが大好きなんだ。ある夜はまずその感覚を最初に感じてもらう必要があったし、場合によってはストレートにそれを伝えるためにステージを降りたり・・・そんな事で僕も解き放たれるんだね”。

Jan.26 Toronto

トロントショウサイン会:ジョニーとアロンザ、そしてザックはトロントのHMVにて、サインを求めてレコードを持参したりバンドと会う為に並ぶ人々にサインをした。お客さんはブームスラングや過去のジョニーのレコードを持ち、皆お行儀良く素敵な人々だった。こうして音楽好きな人々と直に顔を合わせ、色々な自分のレコードを通してちょっとした旅が出来るのはとても面白い。ジョニーはニュー・アルバムやシングル同様に、過去のものにもサインをした。

ジョニー:小さな子を連れたカップルが来てね、マシューって云うんだけどまだ3歳半なんだって。小さなギターを持ってて、本当に僕たちの曲を気に入ってくれていた。素敵だよね。彼はそれまでシャイだったんだけど、僕たちの曲を聴いた途端に彼のサウンドシステムがグルーヴしだしたんだって!自分のギターをとても愛していて、僕もそれを気に入っちゃった。

リーズ・パレスでのギグはそれは素晴らしかった。誰かがジョニーの政治的見解を叫んだ。”僕たちは”InBetweens”を彼に捧げなきゃね”と、ジェイムズが提案した。

ナイト・トリッパーズ(パート3):トロントからデトロイトへ。

ニックとザック、ラダー、そしてジェイムズは、新しいバスの後方”ソニック・ビジョン・サロン”でのサウンド・チェックに余念がない。スペックは取説通りだが、どうもセッティングがうまくゆかない。ジェイムズはバス後方全体のアンプとスピーカーの配線をやり直した。ドヴィアックはジェダイと化し、なんとか行ったがまだアレンジに満足出来なかった。”PAを改造しなきゃあだめだな”。彼は云う。照明はまあまあ良くなった。2時間後にはパーティ会場であるグルーヴィーなトラックスポットに到着だ。(勿論、全然グルーヴィーじゃないのだ)

皆、それぞれ興奮気味に駐車場を横切り、果たしてイギリス人ミュージシャンがスペースを作る事が出来るのか店に入った。その異様で不自然なヤル気は、余計に彼らを目立たせる結果となった。カウンター後方の恐ろしげな男その①は、訝しんだ目をザックに向け、どこから来たのか訊ねた。ドラマーは、彼自身説明不可能ないくつかの理由で”ピッツバーグ”と答えた。男は無言でザックの顔を永遠かと思われるほど見つめ続けた。皆酔っぱらっているかラリっているかだと思われた。すると、カウンターの前に立っていた恐ろしげな男その②(突然変異的巨人)がジョニーをチェックし始めた。まず顔、次に服を注意深く観、また顔を見た。トラッカーとジョニージョニーを食うつもりか、展示品かなにかだと思っているのは明白だった。ニックとザックはすぐに、呆然とするジョニーにトラックやシャツやパンツ、バンパー・ステッカーの点検を促し、そこから笑いの痙攣に送り出した。彼らは去らねばならなかったが、ジョニーはトイレ(主にたむろする、売春するところ)を使わせてもらえるか頼んだ。実は彼、スリー・クォーターのウールコートにフェイクファーの付いたコートを着、更に銀色のマニキュアといういでたちだったのだ。

・・・さて、何故ザックは”ピッツバーグ”と云わなければならなかったのか。

Jan.27 Detroit

モーターシティ、デトロイトを忘れちゃいけない。
ジョニー:以前にもモータウン・スタジオに来た事があるんだ。ボハノンの、彼の名前付きバスドラムと一緒に写真を撮ったりしたね。ボハノンがモータウンにまだ居るとは思えないけど、それはいまだにボハノンのバスドラだったね。

アロンザ、ジェイムズとジョニーはウェスト・グランド・ブルバードにあるモータウン・スタジオに訪れた。”TOUR”ビデオは、モータウンレーベルの起源やそのミュージシャンたちの有名曲で始まった。決していい音ではなかったろう”Dancing In The Street”が作られた小さな白い家で、こうして今曲を聴くのはかなりクールだった。

>>Jan.28-Feb.4