Jan.13

ジョニーとヒーラーズ、そしてクルーはニューヨークはニューアーク空港へ着陸するはずだった。・・・はずだったのだが・・・ともあれ機は0マイルのトラベル後、しかしてそこへ着陸する為星空に向かって上昇した。乗客は全員大騒ぎしたが、ヒーラーズのクルー面々は気づかぬふりをした。ジェイムズは、とりあえずJFK空港に降りた方がいいんじゃないか、と云ったが、そのうちパイロットは”機体前部の接触を避けただけ”とアナウンスした。彼はふざけているわけではなかったが、嘘をついていた。あきらかにパイロットは茫然自失状態であったろうし、皆も同じだった。クルーのホテルはニュー・ジャージーの商店街の中にあった。ジョニーはこの光景を、70年代のバンドのありがちなロード風景写真と見て取った。”例えばオールマン・ブラザーズバンドみたいなさ。ブロンドとほおひげ。昔からよくある図だよ”。彼はようやく空気入れ式スピーカーを取りだしてiPodを再生し始めた。フラフラの体を暗闇に横たえる以外、全てを吹き飛ばす方法はない。

Jan.14

ホボーケンはマクスウェルでのリハーサル。ニック・パスデカポはサンディエゴ出身の二十歳、ギター・テックであり、兄のマーティンはドラムとキーボードを面倒みているが、彼はスプーンやストップ・ウォッチを”ユリ・ゲラースタイル”で曲げる事が出来るのだ。 

サウンド・マンのネルソン・マードックは、多くのバンド同様に交響オーケストラとも仕事をしているマニキュアをした最高の男。モニター・マンはアルゼンチンに住むラダー・トマチェフスキー。針金で何でもこしらえてしまう。彼はマクスウェルのモニタ・デスクが大嫌いだと云う。ブームスラングツアーを組織するツアー・マネージャーはスティーブン・レヴィ。コッポラ監督”地獄の黙示録”を連想させるような人物で天才参謀的、アメリカン・バッドアス。

ジョニー使用機材:63年ギブゾンSG、57年レスポール、リッケンバッカー360/12弦カスタム、ローランドGT5、アイバニーズのチューブ・スクリーマー、ロジャー・メイヤーのブードゥー・バイブなどなどで、アンプはオレンジDC30。アロンザ使用機材:73年フェンダー・ジャズ、ビッグ・マフ、ライン6のフィルター・モデラー。アンプはアンペグかマッチレス。ジェイムズ使用機材:アコースティック・シミュレーターのピックアップ付き68年ギブソン345。彼のセットアップは基本的にジョニーと同様だが、ブードゥーバイブ無しで、アンプはVOX A.C30だ。ザックはクロームメッキのカスタムメイド・ツーバスドラムキット使用。

バンドは色々試して”Here It Comes”と新曲の"All Out Attack”を演奏する事にした。これらはニックのお気に入りで、この時点での最高クオリティだと云う。

Jan.15-17

皆が始まりを心待ちにしていた。ザックはサイズ10のクリーム色でスエード素材のプーマ・オンタリオを求めて奔走し、アロンザは毎日きちんとイングリッシュ・ブレックファスト・ティーとミルクがサーブされる部屋でベースを弾く。一方のジョニーは電話インタビューを受けている。ジャーナリストの幾人かが”スミス・ファンに、ヒーラーズはちょいとヘビーなんじゃない?”と彼に訊ねる。ジョニーは、”このビートに恐れを成す暗黒の住人て誰?僕はオーディエンスを見くびったりしないし、君らジャーナリストの云う事なんか信じないね”。などと答える。

メロトロンのショウは9時開始で、マクスウェルは満杯だった。ヒーラーズは夏に彼のデモを聞いていたく気に入り、懇親の意味を込めてツアーに招いたのだった。

ヒーラーズは”Long Gone”とともに10時ごろステージに登場。ついにブームスラング・ツアーの幕開けだ。音が驚くほど良く、このような小さな会場でもお客さんはおかしなかけ声をシャウトし、まだリリースされていないヒーラーズの曲をリクエストした。二日目の夜はホボーケンで最高のショウになった。ジョニーからクランベリー・ソーダをゲットしたある二人は、ポットとポルノに彼を誘ったが、ジョニーは既にポットを卒業していた。ショウの後、会場は素晴らしいバイブに満ちていた。みんなクリスティンとの再会を喜んだ。彼女は以前ヒーラーズのマネージメント会社で働いており、ジョニーにアロンザを紹介したのもクリスティンだった。サウンドラック・オブ・アワ・ライブズの連中も駆けつけ、スマッシング・パンプキンズのジェイムズも姿を見せた。彼はとてもクールだ。

金曜はニュー・ジャージーでの最後のショウだ。ジョニーはこの日、伝説的なフォトグラファーであるミック・ロックとのフォトセッションに応じていた。ミック・ロックはジョニーの大好きなイギー&ザ・ストゥージズのアルバム・ジャケを撮った写真家だ。彼はマインド・マシーンという、脳のシータやベータとアルファ波を音波によって耳から耳へ送る装置を操作する。そして彼もまた、クンダリーニ・ヴィパサナ・エナジー的談義が可能且つ、アンドリュー・ルーグ・オールダムに慈しみを感じている事にジョニーは感動した。この写真はミックに関するフランスの某雑誌記事の為のもので、ジョニーはボウイの”John, I'm Only Dancing”のビデオはここ最近一番のこだわりの一つ、と彼に語った。ミックは”そのもの”を持ち、また”異なるもの”をも持っている・・・

Jan.18 Philadelphia

バンドとクルーはノース・スターでプレイする為、フィラデルフィアへ飛んだ。このホールは高めのステージで、壁掛けのラグがバックドロップにある少し大きめの奇妙な家、という感じである。ショウはベストな内容だった。ジョニーはアロンザのピアノとともにボブ・ディランの曲”Don't Think Twice It's Alright”を演奏した。グレイトな詞はそのままに、メロディとコードをちょっと変えていたが、オーディエンスは大いに気に入ったようだった。バンドは産業的観客を追い払い、より騒々しいファンを手に入れたのだ。観客は色々な理由でもろもろの事を叫びまくった。ギターの事、セックスの事・・・ある少女はジョニーに”あなたのDNAをちょうだい!!!”と叫んだが、彼は曲にしようとそれを書き留めた。実に色々なシャウトがあったが、”ザック!!おまえマジでロックだぜ!!”は、明らかにFuckinなどと云っていたのでカウントされない。

 Q:ツアーでは何が好き?
アロンザ:たくさん、沢山、お茶を飲むこと。
Q:ロードで欠かせないものって?
アロンザ:お茶。
Q:世界中のどこでプレイしたい?
アロンザ:お茶。

(アロンザ、ちょっとノイローゼ気味です)

>>Jan.19

ポット:非合法なお薬。(ポルノの方は卒業していない模様)