† ジョニー・マーとはいかなる男なのか?
謎に包まれた音楽世界の迷宮を探る無謀ページ(エボリューション8.2改)

このページは現在再構築中です。近々”ジョニー・マーいか男”エボ9を公開予定です。MAKIO

ストレンジ1. (基本情報)
本名 : John Martin Mahr
誕生日 : 1963/31/OCT.
出生地 : EnglandはManchesterのWythenshawe。
家族 : 両親、姉、弟2人、妻(アンジェラ・ブラウン夫人)、子供2人(Nile & Sonny)。

ストレンジ2. (使用機材)

ヒーラーズ時代メインの使用機材:Fender Custom terecaster, 1963 S.G, a '57 Les Paul Gold Top and a Custom Rickenbacker 12 String through a Vintage Tubescreamer, a Roland GT5 Effects processor and a Voodoo Vibe. Orange AD 30''s and 50's or Matchless DC 30s, Fender Deluxe Reverbs,Jim Dunlop Cry Baby,GT5だそうです。2003年の来日公演もほぼ同様(但しレンタル)でした。アロンザ担当ピアニカはジョニー所有のもの。その他欠かせないものと云えばハモニカですが、どうやらHOHNER社製らしいです。時代毎の使用機材についてはテクニカル・ノーツをご参照下さい。 2006年からフェンダーの広告塔になっているせいか、プロモお写真などで手にしているものはクリーム色のテレキャスがメインですね。その後、現在プロパーなメンバーとして在籍しているモデストマウスとザ・クリブスではフェンダー・ジャギュアーやジャズマスターがメインです。

ストレンジ3. (音楽的嗜好)

典型的なアイリッシュ移民の大家族で育ったようです。週末には家族全員でカントリーを演奏するような。十代のころは、パンクの波に乗り遅れて学校でひとり、リーバー&ストーラー、ゴフィン&キング、シャングリラズなどのモータウンを聴いている珍な子供だったそうです。兎に角、音楽博士(古典的ですが)なほどに色々な音楽に精通しており、その嗜好はフォーク、ダンス・ミュージック、ファンクなど多岐に渡っています。子供の頃のヒーローはT-REXとロリー・ギャラガー、一般的に知られている影響はボ・ディドリー、なりたかったのはフィル・スペクター。完全なるポップ・ミュージックオタクでもあります。ストーンズは初期がお好きなようで、インタヴューで”エレガントなキース・リチャーズ”と評され、まんざらでも無さげなジョニーです。彼の選んだTOP10ギター・プレイヤーはこちらです。

ストレンジ4. (演奏姿勢)

負けず嫌いで猛烈な研究家です。おかしな音やリフを編み出す為にはどんな手段も選びません。というと、吃驚する方もおられるかも知れませんが、ジョニー・マーというプレイヤーは、本当は凄く負けず嫌いで人と同じ事をするのをとても嫌う人です。珍で居たいのです。なので、曲は一聴してシンプルに見えながら、ラビリンスというよりはまさにディープ・ダンジョン。(オアシス兄のノエル・ギャラガーは、”ジョニー・マーになりたかった”と公言して憚らないひとりです。)チューニングに特徴があると云われ、通常一音下げてチューニングしたり、カポを付け、更に開放弦を得意としています。サム・ピックも彼のお気に入りアイテムのひとつです。ジョニーの曲は儚げで美しい類の曲が殆どなのですが、タフな曲も近年増えています。”ブルーズよりも悲哀に満ちたものが好き”らしいですが、それはやはり彼が熱心な伝道師を買って出てまで憧れる師匠、バート・ヤンシュの最たる音楽的特徴かも知れません。また、彼のプレイスタイルとしても最も特徴的なのはその”渡り鳥気質”たるものでしょう。多くのセッションとゲスト・プレイで聴かれる彼の音は、その流麗で淀みの無い奏法で楽曲自体にムードを持たせ、且つ決してでしゃばらない控えめな自己主張でもって、心憎いまでにその独自性を発揮しています。

ストレンジ5. (MAKIO考察)

スミスはデヴュー当時から一貫して60年代風のキャッチーな使い捨てポップ・ソングを小気味良くポンポンと量産していた、というような事を彼はよく云います。しかし実際にそれらは使い捨てどころか大変に普遍的な音楽性を持っていました。以降、彼は様々な経験を積み、ともすれば今まで暗中模索だった方向性をついに定め、更には”自分自身で歌いたい音楽”にようやくたどり着いたのだと思います。Boomslangというアルバムと、2003年の来日公演でのヒーラーズとしての彼はそんな歓喜に満ち溢れていました。”Bangin'On”と新曲の”All Out Attack”は、まさに彼の、たった今愛してやまない音楽の象徴であるように思えてなりません。全力疾走で駆け抜けて来たスミス時代とは打って変わって、以降の音楽活動はマイペースそのもの、目まぐるしく入れ替わる世の音楽シーンの喧騒とは無関係でしたが、2006年からModest Mouseのメンバーとして新譜”We Were Dead Before The Ship Even Sank"をリリース、そのまま2008年夏までツアー、その後はモデストマウスとしての活動も併行しながら間髪入れずザ・クリブスとして新曲を共作(フルアルバム”Ignore The Ignorant”を9月リリース)、2008年リーズ&レディングフェスにクリブスとして参加、2009年10月来日、という殺人的なスケジュールをこなしています。私は特にジョニーの仕事形態にこだわりがありませんので、好きな時に好きなスタイルで、けれども死ぬまで音楽活動を続けていって欲しいと願う、ただそれだけであります。(Oct.24/2004改/第5.1版)(Mar.25/2007加筆)(Sep.7/2009加筆)

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