/*ザ・スミス基本情報とジョニー・マー*/

ザ・スミスは1981年半ばにイングランド屈指の工業都市マンチェスターにて結成されました。定説では、ジョニーがいきなりモリシーの家を不躾に訊ねた、となっていますが、本当は数々のギグ会場などでよく見かけ、お互いに紹介し合ってもいた顔見知りでありました。ですが後にジョニーは”どうせ(モリシーは)覚えちゃいないだろうけど”と発言しております。その来訪がきっかけで彼らは曲を一緒にこしらえるようになり、その創造コンビネーションたるや奇跡的なものであるとお互いに感じ始め、第二の”レノン・マッカートニー”とまで云われるように成長してゆきますが、インディーからメジャーへの移籍問題、地元マンチェスターからロンドンへの拠点移転、ジョニーとモリシーの不和等々積み重なり、ついにジョニーがスミス脱退。その後モリシーは他所からギタープレイヤーを物色するもバンド存続を断念。フェアウェル・ギグをスミス・メンバーであったアンディ・ロークとマイク・ジョイス、そしてクレイグ・ギャノンとスティーブン・ストリート(プロデューサー)を伴って結局はソロ名義で行ない(ジョニーに打診があったが、当然彼はお断りしました)、その模様はモリシーライブDVD”Hulmerist”で少しだけ観ることが出来ます。

当時60年代ガールズグループの熱狂的ファンであったジョニーがスミス時代に拘っていた事柄はいくつかあり、その後の彼の人生に良くも悪くも影響しています。曰く、”3分間のポップ・ソングであること”、”ギターは飽くまでも伴奏であること”、"長々とソロを弾かないこと”、”自分は脇に徹し、モリシーをバンド・イメージのスポークスマンに仕立て上げること”。モリシーはジョニー脱退の理由のひとつに”彼は殆ど全ての制作に関わっているのに、正当な評価を世間から得られなかった”という事を挙げていますが(ジョニーは悪いオトナにだまされたんだ、というモリシ独特のユーモア発言もありますが/笑)、ジョニーがスミス時代に目立ちたがり行為をまるきりしなかった事から、私自身は的外れな意見であると思っています。脱退の理由は後々彼自身の吐露から明らかになっていきましたが、いまだにスミス脱退について訊かれ辟易しながら答える言葉は、”生きるか死ぬかの問題だった”というものであり、実にリアルで痛切な叫びでした。彼らがどれほどにエモーショナルな関係であったかは、インタビューを読み解くか、または(多分一番顕著である)その音源から窺い知るしかありません。

現在に於いてまで”もうモリシーと一緒に仕事をする気はありませんか?”と問われてのジョニーの答えをまとめると、”仕事するのはやぶさかでないけど、プライベートな付き合いは御免こうむるね”というもので、仕事についても”今更どうもこうもないよ”と発言しているあたり、一切の関わりを持ちたくないように読み取れます。解散後のジョニーとモリシーは*裁判に関してやスミスのリマスター盤についても話し合い(ほぼFAXによる)を行なったり、たびたびやり取りがありました。大人なふたりが裁判前にドライブしたり食事したり、という一見微笑ましくもみえる行為はそのまま(裁判用の)口裏あわせのように感じましたが、穿った見方でしょうか(笑)。

*スミス裁判:解散後にジョイスとロークが25%づつのロイヤルティを求めて(当時は10パーの取り分であった)ジョニーとモリシーを訴えた。この裁判は87年から99年まで続き、ジョイス(ロークは早々に訴えを取り下げた)側が勝訴した。モリシーは裁判官に”信用に足らない人物”と云われてしまったが、転んでもタダでは起きない彼は後にその裁判の悔しさを曲にしまくった。

ジョニー自身が語る彼の特徴的なプレイについてまとめますと、”ブルーズ感のないクリアな高音”、”音数を最低限に留める”、”オープン・チューニングやカポなど用いて音に変化や幅を加える”、そして、”哀しいんだか楽しいんだかわかんないような曲”。これらがジョニー・マーたるユニークさであると云ってよいでしょう。スミス時代はザ・バーズのロジャー・マッギンに傾倒し、彼のリッケンバッカーを所有していた時期もあって、ジョニー独特のジャングリーなギターや流麗なアルペジオはマッギンと比較されたりしていました。その後、彼は数多のセッションや客演、プロジェクトに於いてそれらを故意に封印していましたが、(彼自身納得できる)時を経て、ようやく本来の持ち味を”解禁”し始めたところでもあります。(かつては頑なにアンチ・ギターヒーローを信条としていたものの、それっぽい変なポージングもついでに解禁、長いソロも解禁、本格的にスピリチュアルに解禁。)

これを読んでおられる閲覧者の皆様方も、スミス時代のジョニー、そしてスミス時代のモリシーを殊の外愛していると思われます。しかし私は、彼らの中にそれぞれどうしようもなく染み付いたスミス的な小さな欠片を、同じように我々に染み付いたそれと同様に感じつつ、これからの彼らの音源を楽しみにしたいのです。ラッキーなことに、今も活動を続けている彼らと同時代に生きているのですから。

ついでに1:2002年サマソニモリシーライブレポ
ついでに2:2003年ヒーラーズライブレポ

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