ジョニー・マーの来日は、1990年にザ・ザとして、2000年のフジロック(グリーン・トリ前)はヒーラーズ(事前の音源リリース無し)として、2003年は同バンドのファーストアルバムをひっさげての来日、そして今回のUSインディーの中堅バンド、モデストマウスのギター・プレイヤーとして、と4度目である。(去年2006年、DJとしての出演がモデストマウスのレコーディングがおしてキャンセルになった経緯あり)実に前回の来日から4年もの年月を経ており、ファンにとって、ジョニーの来日はオリンピックなどよりも遙かに待ちこがれ、狂おしく喜ぶべき祭典と云っていい。

ジョニーのモデストマウス入りが正式にアナウンスされた2006年夏ごろ、これまでの彼の仕事傾向からあまりにも逸脱したもののように思え、ファンは一様にその突飛な彼の決断にたまげて腰を抜かしそうなったものだった。しかし、私は彼が全面的に参加し心血を注いだそのアルバム、”We Were Dead Before The Ship Even Sank”を聴いて以降、新しい仲間とともに作り上げた素晴らしい楽曲を心の底から大好きになってしまい、頑張るジョニーの飽くなき挑戦魂と以前となんら変わらぬ美しく丁寧な職人の仕事ぷりにいたく感動し、その後は惜しみない拍手喝采をジョニーwithモデストマウスに贈るひとりである。(実際に私はモデストマウスヲタに一変してしまい、その赤裸々な変遷は随想内で追う事が出来ます)

ニュー・モデストマウスのバンドサウンドがもたらすドラマと混沌

東京8月11日と大阪12日、両日のセットはほぼ同様で、東京のBlack Cadillacsが”蛇足的”に多いくらいでした。ですが、その様相と演奏クオリティ、グルーブ感には”昨日と今日で、いったいこのバンドになにが・・・”と思わせられるような大いなる違いが顕著に見られました。

<於・東京>
轟音怒濤のショウを繰り広げたダイナソーJr.に続いて、現在は大所帯バンドとなったモデストマウスの機材がセットし始められ、多分一等セッティングが困難であろうTom Peloso(以下トムさん)が自らPCやシークエンサーの設定をこなしていました。ラフでカジュアルないでたちでごく自然に登場したので、お客さんもローディのひとりかと思われたかも知れません。ですが、私は彼はモデストマウス一の肉体的功労者だと思っております。彼の存在無くしてアルバム”We Were Dead Before The Ship Even Sank”(以下WWDBTSES)の再現はあり得ないのです。

5−6分ほど開演時間をおして、アルバム”Moon & Antarctica”から”Paper Thin Walls”での幕開けでした。各楽器の配置は、右端にシンガー/ギター/バンジョー(アイザック)、中央にキーボード/ウッドベース/トランペット(トムさん)、その隣にベース/アコーディオン/アコギ(エリックさん)、後方にドラム/パーカッション(ジェレマイアさんとジョーさん)、そして最後に左端がギター/コーラス(ジョニー)です。数々のドタキャンも無かったことのように、かくしてジョニーは私たちの目の前に立ちました。去年の秋から続く、気が遠くなるほどの長い長いモデストマウスとのツアーをこなしてきた彼の体は、気の毒なほどに痩せていました(のちに、それが肉体の酷使以外の理由も存在する事が段々明白になってくるのですが)。

初っ端の”Peper Thin Walls”は若干テンポが遅いように感じました。機材を観たくて前方に居たため、全体のお客さんの入りや盛況ぶりはまともに把握出来ずにいましたが、なんとなく”多くはないぞ”とせなで感じるもの(すきま風)がありました。

ジョニーはほぼ全コーラスを担当しています。モデストマウスでは、おのおのが多様な任務につき、担当楽器だけ鳴らしておればよいという楽な係はひとつもないのです。しかし、コーラス程度では何の負荷にもなりません。バンド内に於けるジョニーの真の受け持ちは(演奏以外には)別のところにあるからです。

2曲目はWWDBTSESから”Education”です。アルバム通りにアイザックの笑い声で始まり、この曲ではスタジオ盤では聴けないジョニーの変幻自在な(そしてきっちり計算された)似非アドリブ演奏を楽しむことが出来ます。クリアで小気味良く刻まれるラインは常にメロディアス且つ一点の曇りもありません。モデストマウスのツアーでジョニーが使用しているギターは3−4本ほどで、主に登場するのはフェンダーの白いジャズマスター、家族のイニシャルと彼のゾディアック(スコーピオンの8という数字)、そしてメイプル(?)のシールでデコレートされたジャギュアーで、ジョニーの代名詞とも云えるリッケンバッカー12弦(360)は唯一”Missed The Boat”にて使用されます。いずれも非常に美しいルックスのギターで、手入れが行き届いているなあ、と感動しました。

途中、トムさんのウッドベースの音が出ていない事に気付いたジョニーは、しきりにトムさんの音をあげろと裏方に指示していました。この状態はショウの半ばくらいまで続いていたと記憶しています。ただ、場の不穏な空気は多分このあたりから周辺を包み始めていたのだと思います。

続いて3曲目、WWDBTSESからのシングルで、ジョニーも出演した奇天烈なPVも記憶に新しい”Dashboard”です。なにやら正体不明な緊張感に場を支配されながらも、さすがはダッシュボード!大合唱が起こり、お客さんの体温も上昇します。(テンポはやっぱりスローなようです)4曲目も新譜からの人気曲”Fire It Up”で、曲自体はリラックスしたものなのですが、どうもお客さんたちは心からの高揚感を味合わせてもらえず、中途半端なノリとなっていました。

それまではジョニーがオーディエンスに短い言葉を掛けたりしていましたが、この曲が終わると、アイザックが何事かつぶやき始めました。ろれつがよく回っておらず聴き取りにくかったのですが、ソニックステージの壁に映しだされた木のイルミネーションをお気に召したようで、”すてきな木だよね・・・星とか・・・なんかいろいろ素敵なものがくっついてるし・・・俺、大好き・・・ウフフフh・・・”みたいな感じでした。私は、(おいおい、なんか怖ぇ〜なあ)と軽く思いました。ツヤッツヤだよアイザック

アイザックのバンジョーがスタンバイされると、そう、あの曲の合図です。前作”Good News〜”からの佳曲”Bukowski”で彼に爪弾かれるバンジョーは物哀しく、対するジョニーの副音声は表情豊かで起伏に富んでおり、このコントラストがニュー・モデストマウスの妙味なのだと再確認させられます(特にアウトロ部分がグッとくる)。研究したんだろうな〜、と思わずには居られない特徴的な技法を編み出したジョニーのコーラスも、私たちには笑えて仕方ありませんでした。一時ツアーから離脱していたベースプレイヤーのEric Judy(以下エリックさん)がアコーディオンとアコギを背負い、煙草をふかしながら奮闘していました。ステージに可愛らしいバスケットがセットされた時は、まさかエリックさんの煙草とビール入れだとは思わず吹き出してしまいました。

続いてはモデストマウスの一般的な代表曲といえばこれ、の、”Float On”(前アルバム収録)です。一等盛り上がるべき曲でもあるにも関わらず、ヒートアップ気味のお客さんはほんのごく一部にしか満たない様子です。なにしろ、ステージに一体感がまず無いものですから、お客さんも戸惑いと興奮と純粋な嬉しさ、楽しさなど一気に放出する事が出来ないのです。

ジョニーは今現在、確実にモデストマウスのメンバーであり、アイザックは事ある毎に”ジョニーは一時的に雇ったサポートなんかじゃなく、パーマネントなメンバーなんだ”という風に「ジョニー・マーはモデストマウスに帰属しています」のところをずっと強調してきました。今やモデストマウスのジョニーが身悶えんほどに好きでたまらぬ私には、そのアイザックの力強い断定の言葉は、不安を払いのけてくれる頼もしい言葉として響きました。勿論、その言葉で余計に不安に思われる方々も多数おられる事は承知しておりますし、その気持ちも苦しいほどに理解出来ます。モデストマウスというバンドは、ジョニー無しでも充分に良いバンドであり続ける事が出来るでしょうし、マイナーチェンジを繰り返す事のみで、末永く良作をリリースし続ける事も、彼らならば無問題でしょう。ですが、今回、アイザックが大胆なメジャー・チェンジを試みた理由をあえて私は重く視たいのです。

誰しもが元気をもらえるポジティブな後ろ向き曲”Float On”が終わると、曲はギターのクリアな粒よりサウンドが心地よい”The View”です。ジョニーはここをわざとラフに演奏する事でバンドサウンドに整合感を持たすことに成功しています。シンプルなエフェクトの硬質粒よりサウンドも捨てがたいですが、こういったジョニーの”計算された雑味”を聴くことが出来たのもファンとしてはオイシイ経験でした。バンド演奏も、いよいよ後半で高みに達する事が出来るか?!と思った矢先、アイザックが帽子の件でお客さんのひとりに絡み出したのです。事の発端は本当に他愛もないものですが、アイザックが脱いだ帽子をファン(外国人)が欲し、アイザックはそれに対して妙に絡みまくりグダグダになってしまったのです。

アイザック:”気に入ってるのに、キサマにやったら俺の帽子はどうなるんだ?ああ?”
お客さん:”違うのを買えばいいじゃないの”
アイザック:”違うのを買えだあ?ふざけんなこのファッXン・ディXク・ヘッドが!”

というようなやりとりで、お客さんたちは凍り付いてしまいました。その時のアイザックの目は完全に据わっていましたので、私は”なにかキメてきたか若しくはしこたま飲んじゃってるんだろうな”と推測しました。皆居たたまれない様子でしたし、ジョニーも音を出したりして(やめときなさいよ)と牽制しているように思えました。

次の曲は”We've Got Everything”で、最初に訪れたクライマックスと云ってもいいくらいビシッとした演奏でしたが、その1曲が終わってもまたアイザックが帽子の話で絡み出したので、絡まれたお客さんも終いには謝罪の言葉を述べるしかなかったようです。お客さんが”Sorry”と謝ることで収束した帽子騒動でしたが、ああ、次は救いの曲となるか?!新譜は”WWDBTSES”から”Missed The Boat”です。ジョニーのリッケンバッカーの澄み切った音は、不穏で居心地の悪いその一帯を一瞬にしてまばゆい光で溢れさせます。この日、ふたりのドラマー&パーカッショニスト、Jeremiah Green(以下ジェレマイアさん)とJoe Plummer(以下ジョーさん)はお揃いの黒と赤のボーダー・タンクトップを着ており、視覚的にも演奏同様タイトな印象と統一感をアピールしていました。不思議なことかも知れませんが、彼らはツインドラムでありながら少しもtoo muchな印象を与えません。かといって、決して機械的な響き(アルバムは一部打ち込み)もありませんので、プリミティブな部分を残しつつハイテンションをキープする巧みの技は、やはり長いツアーに於ける修行の賜であると云えるかも知れません。(ジェレマイアさんが唐草模様の手ぬぐいで顔を覆って演奏していましたが、なにか意味があったのでしょうか/笑)

トランスフォームと素直な怪獣

間髪入れず、いよいよ曲はショウのハイライトである”Tiny Cities Made Of Ashes”(アルバム”Moon & Antarctica”収録)です。これまでの各国の演奏では15分も20分も即興演奏が続く曲ですが、この日も10分少々の長尺演奏となり、アイザックは歌詞をいじり(この曲と”Spitting Venom”では、”King Rat”と”I Came As A Rat”の詞をミックスすることが多いようです)、手を後ろ手に組んで歌い続け、ギターにキスをするような仕草で、愛器のピックアップから歌声を拾わせるかの如く叫び狂いました。ジョニーも各種エフェクターやアンプ(マーシャルとフェンダーツインの二頭立て)をアジャストしつつ、短い効果的なカッティングやフレーズを連発し、キリキリした空間を演出、これ以上有り得ないほどアグレッシブな援護射撃で、ようやくオーディエンスをその構築した世界観に巻き込むことに成功したのです。これまであまり縁の無かったビッグなサウンドを出せるこの曲は、ジョニーにとってもいっそう楽しいものである事は間違いありません。ちなみに、ステージアクションの基本はヒーラーズを彷彿させる大股開きでした(笑)。

シェクシーコマンドーになったなあジョニーそうこうしている時も、お客さんの拍手を煽ったりコミュニケーションをとったりするのもジョニーの仕事です。オーディエンスが呆然と置いてけぼりを食ったりしないように、ジョニーはただひとり、その役目を負っていました。機材の不具合にいち早く気付いて指示を出すのもジョニーの仕事であり、それを追って他メンバーも対応に廻ります。

ライブは生ものであり、いつ何が起こるか解りません。それが醍醐味でもあります。突発的なハプニングは楽しいのもであれ、逆のものであれ、臨機応変で迅速な対処法が必要となります。一定期間ツアーから遠ざかっていたとは云え、誰よりも音楽的経験の豊富なジョニーがバンドメンバーの一員としてその役割を担うことは当然と云えるかも知れません。MCやお客さん、ひいてはバンド全体を牽引することも今回彼が請け負った仕事である事が、この日本公演では明らかでした。実際に私は、ジョニーがこの場に居ない状況を想像する事が困難でしたし、きっと彼の役割を担う人間が存在しなかったら、バラバラでまとまりのないとっちらかったショウになってしまうであろう事は目に見えていました。

長いインプロヴィゼーションを披露したスーパー・ハイテンションライブ曲である”Tiny Cities”の後は、軽めの”Black Cadillacs”(前作収録)です。この曲は東京のみで、私は”Doin' The Cockroach"を演るか、むしろスキップして”Spitting Venom”になだれ込んで欲しいと感じました。(大阪では理想の展開がされ、極限の緊張感と安堵感のジェットコースターのうちにショウのラストを迎える事が出来ました。)WWDBTSES収録の”Spitting Venom”は私が殊更に好きな曲でして、特に後半の、トムさんのトランペットあたりからが圧巻!ジョニーは瞑想するように顔を上に向け目を閉じて演奏し、アイザックの”Cheer up, baby”は力強くて尚且つとてもスウィート!

<於・大阪>
大阪も基本セットは同じです。ただ、バンドの様子は東京とはうって変わり、ジョニーにも笑顔が沢山観られました(東京ではニコリともしませんでした)。緊張感に支配されたバンド演奏も好きですが、オリンピック来日しかしてくれないのだから、やはり少しは笑顔も見たいと思うのがファン心理でございます。アイザックのお行儀は一変して模範的なり、お客さんに悪態をつくこともなく、良いショウをやらなければ、という、昨日とは別の、気合いのようなものが伝わってきました。周りの音もよく聴くようになり、時折ジョニーの指示を仰ぐ様子もありました。頑張れ、アイザック。貴方はもっともっともっともっともっともっといいシンガー/表現者になれる。(恥ずかしそうに、うつむき加減にお客さんにお礼を述べたりしていました。可愛い!素直〜!)

演奏面、バンドの一体感も大阪は申し分ありませんでした。東京のようなマイクのハウリング及び機材の耳障りなフィードバックも無し。ジョニーのギターも日本語(コニチワ等)も一音一音が絶好調!東京部分は余りにも詳細過ぎたので、大阪部分は簡単に記そうと思います。なにせ、文句の付けようもない最高のショウでしたからね。私はダイナソーJr.が終わってからのろのろとステージ前方に進み出でたのですが、すんなり3列目くらいまで来れて、ここでまあ観れるしいいや(プラットフォーム履いてるし)と思っていたらすぐ前にいらした男子2人組が文句も云わずにその前に入れてくれ(見知らぬ男子らよ、サンキュー)、私は”スミマセンスミマセン”と図々しくも彼らの前に出、みると目の前はジョニーの真っ正面。これはベスポジだわい、と喜ぶとともに、東京では全く感じなかった緊張と震えが突然私を襲いました。なんだろう、日常でも滅多に緊張することなんかないのに・・・いくらジョニーの真っ正面だからって私らしくないなあ、と奇妙な感覚に陥っていました。ひたすら、”ぎゃええええおおぅうううう”みたいな声援及び歌詞全歌唱をしていました。なにせ発売当時訳詞に挑戦した(死ぬほど歌詞を読んだ)事もあり、特にWWDBTSESの歌詞(とコーラス)は完璧だったのです。この日はケーブルTV放送用のカメラが何台も廻っており、私の目の前にはご丁寧にお客さん用のAKGマイクまでありました。ここで踏ん張って歌わなきゃいつ歌うのだ!このマイクはこれまでの私に対するテストなのだ!とばかりに、私は日頃の練習(?)の成果を発揮出来ました!個人的に物凄い達成感を得られ、本当に嬉しかったです。私の周りも常に合唱しており大変盛り上がっていました。”Float On”も”The View”も、みんな本当によく歌いきっておりました。

それにしても・・・一体”Missed The Boat”のこの美しい音色はどうだ。これは夢じゃあなかろうか?目の前でリッケンを弾くジョニーは幻じゃあなかろうか?人生終了のゴングなんて聞こえないよ!聞こえるのは、甘美な鐘の音だけさ。

このようにまたも会場の全容を把握出来ない状況でしたが、後から聞いた話によりますと、スミスファンと思しきお兄様たちがピンクの紙にジョニーへのメッセージを記して掲げたそうですね。ジョニーはそれに対して”シリー・クエスション!”などと云って笑っていましたが、何と書いてあったのか非常に気になりました。

”Black Cadillacs”を挟まず”Tiny Citie”と”Spitting Venom”の畳みかけるような音壁旋風は、まさに私の心の中も瞬間最大風速を記録していました。この類い希なる狂気と汗と知恵と胸焦がすようなヴァイブが、そのまま今のバンドの勢いでもあるのだなあ、などと確信し、ジョニリンピックの終演を寂しく思うと同時に、もう4年も待たせるのはやめてくれよと本気でいろいろ泣けてくる大阪の夜でした。

 

これだから、ジョニーのファンはやめられない。

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二夜連続でショウの一部始終を見れたことを幸せに思います。先にも述べたようにライブは水モノ。たった一晩のギグが良くなかったとしても、それで全てを判断することは出来ません。モデストマウスはペースが掴めずにいた1日目前半に於いてでさえ、その演奏力は群を抜いていました。あのテンションの引っ張り方は尋常ではありません。

ジョニーに会うことが出来た方の一部情報によると、来年はヒーラーズに専念することを自ら喋ったそうです。まあそのセリフも聞き飽きたけども、最近の彼のインタビューではヒーラーズを恋しく思う発言が多いので、ちょっと真実味があるかな(笑)。引き続きモデストマウスでもヒーラーズでも、なにしろ止まらずに活動してくれればもうこれ以上の贅沢はありません!

Aug.15/2007 MAKIO


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