GUITARIST SEP.2009

( Interviewed by Henry Yates / Translated by MAKIO)

ジョニー・マーをご所望でしょうか?

ごく普通のロックレジェンドはサングラスで素顔を隠し遅れてやってくる。夢遊病者の如く監視下インタビューをこなし、高級車の中でキャメラにそわそわしだし、それを取り上げた45歳の平均的ロックレジェンドは、彼のスタジオがあるチェシャーに到着した頃には、手厚いもてなしの権化と化していた。我々は気が付くと70分も喋りこんでおり、彼はスミス時代の古いギターについて解き明かし、我々のジョークに笑いさえもし、友だちになりそうなところであった。ルー・リードではこうは行くまい。

マーは自身が国宝並みの存在であると知ってか知らずか、兎も角その誇大広告を拒否することで彼のキャリアをよりスリリングにした。"The Queen Is Dead”という10年に1枚出るかという傑作アルバムを生み、ノエル・ギャラガーやジョン・フルシアンテ等々のフォロワーを出現させ、1987年、マーはスミスを去る勇気を持ってして、長期・短期に関わらずトーキング・ヘッズやモデストマウス、ペットショップボーイズなどの多彩なバンドとコラボレートし、ヒットを飛ばして、印税小切手は紙ふぶきのように彼のドアマットに舞い込んだ。

2月、キャリアに於ける最新のカーブボール、すなわち、”ウェイクフィールドのインディーロッカーズ、クリブスのフルタイムメンバー及びバンドの4枚目"Ignore The Ignorant"の共作者となること”を天啓とともに放った。最高のお膳立てだった。

歳若いインディーバンドとバンに乗るギターレジェンドは、そう多くはないですよね。

嬉しいことを云ってくれるじゃないの。でも彼らは立派に大人なボーイズさ。だから大丈夫。クリブスは素晴らしいバンドだし、大変だけど、だからこそ得るものも大きいと思う。最初のリハに入ったらもう"We Were Aborted"のリフが出来て、それがアルバムの1発目の曲となり、4日後には4つの佳曲が出来ていた。僕はこんな普通じゃないことを14歳の時から好きでやっているっていうのに、彼らは僕を四六時中見張っているんだ。れんじゅうときたらEメジャーをひたすらキープしていて、僕はさすがにくたびれ果てて”この後どうするの?”ってとうとう云ったよ。

あなたほどのプレイヤーでもキツいですか?

アルバムにはスライドプレイも入れたし、少々やっかいなパートもあちこちに入れた。でもわざわざ難解にするためじゃないよ。古めの曲はバンドの持ち味を直球表現したパンクロック、いや、アートなパンクさ。僕は必ずしも速弾きしたり込み入った運指をしているわけではないけど、そうだな、例えば"Hay!Scensters!"はそのサウンドよりはるかにトリッキーなわけだけれど、そんな一聴しただけでは解らないような効果を得られたんじゃないかな。僕が演奏するには殆どサイケな域に持って行きたいんだよね。ヘッド・ミュージックみたいにさ。体も同時に動いちゃうような。

"City Of Bugs"ではあなたのソロが大々的にフィーチュアされていますが、なぜスミス時代にこういったソロを演らなかったのですか?

僕はギターカルチャー全盛期に育ったんだけど、そのうちの幾人かのプレイヤーは、音もギターの見た目も”大虐殺”って感じもいいところで、僕はますます45回転のシングル7インチポップスにのめりこんだものだよ。勿論僕が10代の頃・・・70年代、友だちは皆ディープ・パープルに夢中だったし僕も聴いてはみたんだけど、このハードロックってやつは僕には合わなかったねえ。80年代のメタルシュレッダーどもには全く辟易したよ。これはなんのジョークだい?・・・オリンピックじゃないんだからさ。まともなものを聴こうと思うなら、あれは攻撃的なだけだよ。

では今現在、ソロに対するあなたの考えは?

僕の考えは一貫しているよ。それがフィットしていれば入れる。僕のソロはいつも突飛且つ酔わせるようなものを意識しているし、ソロってものはときめくほどに美旋律でなければだめだし、さもなくばアグレッシブで奇抜なものでないとね。両方揃うのが最も望ましいね。

45歳になって、あなた自身のギター能力には満足していますか?

いや。満足することは無いだろうね。僕がいつも思うのは、僕自身が望むギタープレイヤーになる為には何度も生まれ変わらなきゃならない、という事だよ。進化のアイディアとしてはエキサイティングなことだと思うね。若い頃は、なにかに取り組む資質が備わっていることをラッキーに感じていたけど、心血を注いでに専念すれば乗り越えられないものはギターにしたって何も無いと思うよ。

1987年からのセッションワークは、ひとつのバンドに囚われるよりもあなたを成長させたと思いますか?

う〜ん・・・セッションの定義がよく解らないんだけど・・・だってなにか、臨時的っていう感じがするじゃない?僕はそれぞれ、そんなお気楽にプレイしてきたわけじゃないんだけどな。それじゃあ分けるとすれば、僕がしてきたコラボレーションは、僕は僕のままで招かれているという事だよ。例えばペット・ショップ・ボーイズのれんじゅうは、彼らがスタジオミュージシャンを欲しているなら何をすべきか事前にリクエストをするだろうけど、僕に対してそんなの最も望んでいないことなんだ。一方のセッションプレイヤーの仕事っていうのは、僕が24歳の時にやったトーキング・ヘッズの仕事、ベックの仕事・・・これは30歳の時だったな。デニス・ホッパーの目の前で演奏したカラーズのサントラもスタジオミュージシャン的仕事だろうね。それらも本当に勉強になったし、コラボだろうとセッションプレイヤーと呼ばれようと僕には瑣末なことだね。

では今までで最もきつかったセッションは?

トーキング・ヘッズの"(Nothing But)Flowers"は微妙だったね・・・だってあまりにもほんのちょこっとだったから。ちょこっとだけ関わっただけで何も得るものが無かったな。実際パリを歩き回りながら”お前は負けた!何も出来なかった!脳みそ半分どこかへ行ってしまったんじゃないか!落ち着け、落ち着け、自分!”・・・みたいな感じで、25分後に”あの曲を自分の曲のように思えていたら、もっと、僕のサンバースト335/12弦で、スミスのようなもっともっと良いものを引き出す事が出来たかも知れない”・・・などと、ふと思いつくまで自問自答したものさ・・・。

モデストマウスの場合はどうですか?

お互いろくに知らないのに、あの、最初の夜は奇妙だったな・・・アイザックが起爆スイッチを入れたのさ。彼はすっかり泥酔していて、僕たちは3つのフェンダー・スーパー・シックスを通して、お互いに向かい、信じ難いようなボリュームで演奏したんだよ。これから一緒にやって行くんだから、とことんうまく行くまでトライしたんだ。あくる朝早く目覚めてみれば、前の晩、たった30分で2曲作っていた。

あなたはスミス時代にリッケンバッカー330を購入していますけど、ブルージーに弾くことはありませんでしたね。

そうだね。それこそ僕がジャギュアーをプレイし始めた理由と云える。エレクトリックギターで弾くブルーズって、平べったいトーンになり易いし、ペンタトニックや1と半分曲げて、などお決まりのパターンでプレイヤーが思考停止に陥りやすいフォームなんだよね。ギターショップを充分にうろつけば聴けるよ。僕はそれが今も健在なのに驚きを禁じ得ないよ。だって僕が子供の時から思考停止なんだよ。そんなわけで、リッケンバッカーに於けるアーティスティックな思考の限界に気づいてしまったんだね。

当時はみんな、スーパーストラトプレイヤーばかりでしたね。

僕はそんなものに全く興味がないんだ。レトロってだけでしょ?でもギターの場合に感じるのは、誰かがデザイン権を得た途端に余計なデコレーションをしてしまうみたいだって事さ。オートバイにも同じ事が云えるけど。美的感覚は兎も角、音には顕著に出てしまうものだよ。

でも実際に、あなたは有名どころを所有していますがそれは?

変化し続けたいんだよ。たまに僕は短い期間で劇的に変わってしまうんだ。スミスの時はグレッチからレスポールという具合にね。ジャギュアーとジャズマスターに至ってはかなり絞れてきたんじゃないかな。335とリッケンバッカーじゃあ明らかにアプローチが違って来るし、ギターによってそれに向かう心構えも違って来るよね。ジャジーな音を出したい時にそう考えたんだけど、例えば"Heaven Knows I'm Miserable Now"なんか良い例で、これは赤い335でジャジーなセブンスからスタートする。コーラスに取り掛かる頃には、アルペジオが鳴っているっていうわけで、その全部があってこそ、本来の型に戻れるってものだろう!

"Ignore The Ignorant"ではジャギュアーがお気に入りですよね。

うん。ジャギュアー、リッケン、ジャズマスターなどもね。ステッカーの貼ってある黒の1963年とトータスシェルガードの白い1962年のジャギュアー、それと1962年のリイシューボディのカスタム・・・これはちょっと60年代風にスクープを大きめにして、ネックは1962年ものに、ピックアップも1962年のベアナックルのコピーに改造した。しかもスイッチはピックアップ4ポジションシリーズのだよ?これが盗まれでもしたら僕はたまらなく嘆き悲しむだろうけど、まあ再構築出来なくもないな。

ジョニー・マー・モデルは出さないんですか?

ずっとオファーはあるんだけど、僕が実際にプレイしているのと寸分違わぬものでないと満足出来なくてね。ステージでもバッチリクールでないと、わざわざ店に行って買おうって思わないだろう。フェンダーとは交渉中だし、近い将来出すかも知れないよ。

ここ最近の機材関連はどうなっていますか?

フェンダー・スーパー・リヴァーブ、マーシャル"Plexi"のリイシュー・・・というのも、僕が以前の"Plexis"をツアーに持っていった時、フェスティバルの楽屋裏でそれを放り投げるれんじゅうが居ると知って恐ろしなってさ。トップエンドにリヴァーブ、ミドルレンジがマーシャルで、まとめてひとつの大きいアンプにしている。ユガミ始める前に稼働率を上げておくんだ。

ペダルは?

(考え込んで)本当は教えたくないんだけど・・・ペダルについて10年以上も僕は強迫性障害にでも陥ったようだったんだよ。色々あって気づいた事を筋書き的に云うと、僕はふたつ種類の異なるペダルボードを所有していたんだけど、ふたりのギターテックを連れてクリブスの初のリハーサルに行きたくなかったから、小さい方を作曲用に、大きい方はレコーディング用にしたんだ。キーペダルのダイアモンドコンプレッサーは必須だし、カール・マーティンのACトーンとプレキシトーン、メナトーンのキング・オブ・ザ・ブリテンもそうだ。イーブンタイドのモッド・ファクターとタイム・ファクターも素晴らしいね。

スミスのリユニオンについて訊ねられる時、気分は良いですか?それとも退屈ですか?

アイタタタタ・・・答えないとだめなの?それに関してはもうネタ切れなんだけど。

しかし、それほどまでにスミスが愛されていることはご理解いただけますでしょう?

そりゃ勿論だよ。スミスはずっと僕の誇るべきものだし、文句なんかひとつもないよ。事実、"Stop Me If You Think You've Heard This One Before"はギター抜きにしても遜色ない出来栄えだと思うよ。"You Just Haven't Earned Yet Baby"などもね。僕の友だちはたまに勇気を振り絞って”ビッグマウスってどうやって弾くの?”って訊ねてくるんだけど、別に僕が弾いてみせなくても彼ら次第だし、どれだけ飲んだかにもよる(笑)。僕の好きなれんじゅうが曲について訊ねてくるって事は、どの曲もいい感じに熟成しているってことさ。もしエド(・オブライエン/Radiohead)が僕にヘッドマスターリチュアルを弾いて欲しいと云っても弾いてあげられないけど、きっと良い具合に熟成されていると思う。でもジョン・フルシアンテがなにか弾いて欲しいと云えばそれはまだまだマネーを想起するような音だろうね(笑)。

スミスの音は思いのほかトリッキーで、耳コピは難しいですよね・・・

きみは鍛錬が足りてないようだね。冗談さ(笑)。それはたぶん、僕の転回とボイシングのせいかも知れない。トリッキーなようで、最終的には納得の行くものになっている。どこかで学んだわけでもないけど、本能と試行錯誤の結果・・・冬の夜のベッドで発見したことなど・・・で得られたんだね。そんな時は、そのコードの名前やら、それが偉そうなパット・メセニー・バンドのメンバーに35年にも渡ってプレイされていたとかどうでもいいわけさ。僕にとってはただの”気色わりぃコード”なだけ。

あなたが21歳だった1985年、毎晩コニャックを空けていたそうですが、栄光を得るのが早すぎたと思いますか?

僕は何の苦労もなく生きていたくはないよ。だってそれが音楽をより面白くさせるものだろう。なにかを得たいなら、ぶち当たるしかないんだ。ありきたりなプレイしなんてしたくもないね。クリブスのれんじゅうから、僕は彼らにとって”静かなる影響”だって聞かされた時はたまげたね。そんな風に云ってもらえるなんて、錯乱状態だった25年前には思いもよらないことだよ。

若い時分に成功してしまうのは考え物だよ。誰しもが望むだろうけど、僕は自分の子供たちにはそうなって欲しくない。まずたいしたものにならないし、小さくまとまってしまうだろう。かつて僕は人生の初期段階で、様々なナンセンスに対処してきた。裁判沙汰やドラッグでの逮捕、ぼったくりやらメディアの阿呆らなどね。そういった苦難こそが人間を逞しく、願わくば、せめて謙虚にさせるものだと思うよ。

あなたは何故そんなに多作なんですか?

子供の時に本当に愛するものに出会えて、それを僕から奪いさるものは何も無かった。追い詰められたりもしたけど、歳を取るにつれて、全てに価値を見出せるようになった。エナジーがなによりもモノを云うね。僕は2005年からずっとツアーバスに乗りっぱなしで、昔ながらの古いスーツケースはいつも荷造り完了なのさ。

今、あなたはポートランドにお住まいかと思いますが、マンチェスターが恋しくはないですか?

ポートランドも雨量の多いところでねえ。音楽的には最高だよ。雨の街は素晴らしい音楽をプロデュースしてくれる。これは提案なんだけど、バンドを組む前に”色”を作り出すっていうのはどう?UKバンドが恋しいね。ライアン(・ジャーマン/The Cribs)にアメリカとイギリスのシーンの違いを訊ねられたことがあるんだけど、僕は、UKシーンは意地悪で神経質で競争が激しいって答えたんだけど、ライアンは、”それってどれもUKシーンの良いところじゃないの?”だって。同意せざるを得ないね(笑)。ストーンズもキンクスもバズコックスも、そしてスミスもイギリスだからこそ生まれたものなんだ。

Updated Jan.22/2010 MAKIO


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