GUITAR MAGAZINE/1989/MAY

Interviewer : John Perry

Translation : Kavoko Takahashi

悶絶美童ジョニー

スミス脱退、解散後、どんな活動をしていましたか?

JM:ブライアン・フェリーのレコーディングに参加し、それからトーキング・ヘッズと一緒に仕事をしたんだ。そして、プリテンダーズのツアーでアメリカ、ブラジルに行った。あと、”COLOURS”という映画のサウンド・トラックにも参加したよ。今はマット・ジョンソンとザ・ザのニュー・アルバムを作っている。実はブライアン・フェリーのアルバムはスミスを離れる一年前にレコーディングしたんだ。リリースのタイミングのせいで、脱退後の事のように思われたんだろうね。スミス脱退でゴタゴタしている時はクリッシー・ハインドに個人的に色々助けて貰ったよ。

あなたのギターはあなたの作る曲の流れに沿って存在するものですね。あくまでも先に曲があってギターの弾き過ぎを避けているでしょう?

JM:好みの問題だと思うよ、それは。僕は昔からレコード、特にシングルをたくさん買ってて、いつも”曲”に対する感覚を養ってきた。スミスではどれも異なるアイディアをもとに60曲ぐらいやったけど、それぞれがベーシックなアイディアを持った別のものに仕上げたいと思っていた。自分でも最高だと思えるアイディアがギターを離れたところから生まれることもよくあるよ。ただ、なんとなくギターをポロンポロン弾いて・・・というありがちなワナから逃れることが出来るからね。

テクニック第一のギタリストが最高であるという人も多いこの時代に、あなたも有名ギタリストになったわけですね。

僕はあんまり聴かないけど、一部のゾッとするようなそういう連中は別にして、プレイのうまい人にとっては89年のモダンなミュージシャンであるという事は一種のパラドックスなんだよ。モダン・ミュージックの原則というか、考え方に反する部分を持っているわけだからね。60年代にはギタリストといったら、完璧な男の理想像だった。でもそれが最終的にはエリートの一方通行になってしまったんだ。そう、ただの早射ちガンってことさ。だから89年の子供にとっては、あの手のギタリストをTVで観るのは、ああいう風になりたくないからなんだろう!今あるギタリストの階級制度と俗物主義からはジミ・ヘンドリックスやエリック・クラプトンあたりを観た事の無い若いやつが閉めだされているんだよ。

しかし、あなたも彼らを観て育ったわけではないでしょう?

JM:勿論そうさ。そんなこと、今の14,5歳の子にとっても何の意味も無い。破滅へのユニオン・カードにしかならないさ。そして歳の行ったプレイヤーは何故自分が今の音楽から閉めだされたように感じるのか不思議に思っている。このギャップはどんどん開くばかりだ。僕は小さい頃からレコードを買っていたおかげで、幸いにも両方の間にいて、どちらからも良いところを取れたんだ。

評論家もプレイヤーも”黄金時代”をデッチ上げるのが好きですね。ヘンドリックスにクラプトン、お次はパンク&76年・・・。

JM:パンク・ロックの古き良き時代を作り出した本当の責任は、皆を無理やり自分たちの側に引きずり込もうとした老ジャーナリスト連中にあると僕は思った。僕自身は76年には、いろんなもの、ニルス・ロフグレンあたりを聴いていたな。

あの頃のニルス・ロフグレンの素晴らしさを今理解するのは難しいと思いますか?

JM:彼は僕に凄く大きな影響を与えてくれた。僕もサム・ピックをよく使うし、ボリュームを下げてコードを弾き、あるいはコードのハーモニックスを出しながらボリュームをグッと上げるのが好きだ。彼はセゴビアを覗けば、初めてムービング・ハーモニックス(人口ハーモニックスの事と思われる)をうまく活用した人だ。左手で押さえたフレットより、1オクターブ上のポイントを右手の人差し指で押さえてサム・ピックで弾くんだ。特に12弦ギターでこれをやると素晴らしいよ。僕の持っているギブソンの12弦のサンバーストES-335はピックアップのバランスが全然とれていない安物なんだけど、ライン録りすると、どこででもハーモニックスが出せてとても素晴らしいサウンドが得られる。もう1台、楽器としてはもっといい赤の12弦も持っているけど、こっちはコントロールされ過ぎてるんだ。

スミス時代にTVのポップ番組”The Tube”の最終回に出演した時、そのサンバーストを使っていましたね。

JM:うん。TVでのライブでサウンドに完全に満足出来たのはあれだけだった。Grant Showbizがいい仕事をしてくれたんだ。

セミアコもよく使っていますね。グレッチ、ギブソン、リッケンバッカー・・・。

JM:”ホワット・ア・ディファレンス・ダズ・イット・メイク”では赤いES-355。あの曲をTVやビデオでやるときはES-295、スコティ・ムーアをメイン・ギターにするんだよ。

フェンダーは使いますか?

JM:プレイを覚えたころ、ずっとギブソンを弾いていたんで、それ以外は本当のギターって感じがしないと思ったこともあった。だけど”心に茨を持った少年”(原文のまま)で初めてああいうのも弾かなくちゃ、と思った。シングルコイルのピュアな感じが必要だったんだ。殆どハンク・マーヴィンみたいなサウンドがね。それでストラトが好きになったんだ。今では作曲にも使うようになり、メイン・ギターのひとつだよ。フェンダーのサウンドをどんどん発展させる事は出来るけど、ギブソンをフェンダーみたいな音にする事は出来ない。

あなたは普通のギタリストなら、もっともっとギターを弾きこむようなところでチェロやマウス・オルガンなどを使うことが多いようですね。それに、ストリングスのアレンジもあなたがやっていますが、正式な音楽教育を受けたのですか?

JM:学校にはとてもいい音楽の先生がいたんだ。だけど、僕はめったにその先生のところには行かなかったな。だからピアノはヘタだし、スタジオにはいつもピアノがあるから左手をちゃんと動かそうと思って弾いてみるが、そのうちやっぱりギターを弾きだすよ。ギターを抱えて幅広くやっていく方が本当はずっと面白いんだ。たまにマウス・ハープもやるけど、あれは即興だよ。”ハンド・イン・グローブ”で吹いているのはビートルズの”ラブ・ミー・ドゥ”のジョンのハーモニカの感じが出したかったんだ。それで僕が曲に合わないキーのハープで吹いてみたら、モリッシーが飛び上がって”それだ!”って言うんだよ。あんな音、偶然にしか出せないよ(笑)。

アルバム”ストレンジウェイズ・ヒア・ウイ・カム”は作曲やレコーディングの仕方が洗練されていましたね。”ペイント・ア・ヴァルガー・ピクチャー”では、DとBのふたつのキーをずっと行ったり来たりするというようなこともやっているし・・・・。

JM:うん。キーが変わるのがあの曲の鍵だ。ひとつの同じリフを、別のキーで弾いているところが面白い。僕は悲しい感じのキー・チェンジが好きで、あの曲はまさにそうだった。

よくカポをつけてプレイしていますね。

JM:うん。それは多くのプレイヤーが見落としているところじゃないかな。エフェクターを使う前にカポでキーを変えてみればいいのに。僕はよく2フレットにカポをつける。例えば”ショップリフターズ”でも2フレットにカポをつけてDの指の形でプレイしてるから、出る音はEのキーになる。あれには”ホワット・ア・ディファレンス・ダズ・イット・メイク”も同じところにカポをつけて、Aの形で弾いてBのキーにしてるんだ。最初の2枚のアルバムではモリッシーが低音部でも思いきり歌えるようにギターのピッチを上げて音域を広げてたんだ。

オープン・チューニングも使いますね。

JM:うん。”セメトリー・ゲイツ”という曲では、オープンGのチューニングで弾いている。あの曲は、僕たちがラフ・トレードと契約してまもなく、凄い新人ソングライターと言われた頃に作った曲なんだ。「そんなに僕たちが優れたソングライターなら、朝一番に起きてする事は作曲だ」と思ってね。僕はオープンGのチューニングにして、Bmへコード・チェンジするという流れを作ってみたんだ。

ボ・ディドリーのようなビートが大好きなようですね。

JM:4分の4拍子ならどんな時でも、半拍、2拍のリズムも思いのままという事に気づいたんだ。ダンス・ビートを作り出したという点ではボ・ディドリーはジェイムス・ブラウンと同じだけの力を認められるべきだよ。

映画”COLOURS”の仕事はどうでした?

JM:僕はNYまでレコーディングしに行ったんだ。映画はオープニングのところで、デニス・ホッパーとショーン・ペンがイーストLAを車で帰るシーンがあるんだけど、街が荒れたところになるに連れて、音楽の緊張感も高めなくてはならなかった。それで、僕が一生懸命テープを回している最中にデニス・ホッパーが鼻先まで近寄ってきて、”僕を脅すようなやつをやってくれよ”なんて言ってたな。

そういえば、”ハウ・スーン・イズ・ナウ?”は今、広告や映画、至るところで使われていますね。

JM:あの曲はふたつのはっきりしたアイディアをもとに生まれたんだ。とても強力なビブラートと最初のビートですぐにそれとわかるいかにもスミスらしいイントロをつけたかった。僕はビブラートをぴったりのタイミングでかけるためにまず何小節かプレイして、それをサンプラーに入れておいたりするんだ。あとスワンプの感じが出したかったんで、この曲は長いこと”スワンプ”というタイトルでやっていた。この曲のキーはF#(2フレットにカポ)で、ハーモニックなパートでは緊張感を出したかった。そのためにスライド・ギターも弾いている。僕が2、3弦でスライドをプレイするとプロデューサーのジョン・ポーターが、AMSのハーモナイザーをかけたんだ。それで、レコーディングの時は弦ごとにハーモナイザーをかけてみた。2弦は半音さげてチューニングして、全体をハーモナイズしている。これにはとても満足してるんだ。あの時、もしすぐにオーバーダビングしてたら、もっと、カワイイ感じになってしまっただろうね。

アンプのシステムを教えてもらえますか?

JM:ブラックフェイス・フェンダー・ツイン、ローランドJC-120ともう1台のブラックフェイスのツインだよ。ライブでもレコーディングでも長いことそれでやってきた。今はTCエレクトロニックのディレイ・コントローラー2290をマスター・ブレインにしているけどね。ザ・ザでは以前にも増してノイズが出やすいんで、サウンドの切り替えも素早くやらなきゃいけないんだ。TCの2290にはセンドが5つあって、そのひとつがローランドのGP-8に繋がっている。ADAのプリアンプ、TCのスパシアル・エキスパンダーもあるよ。このふたつはラックに入ってて、ふたつの新しいフェンダー・ツインに繋がっている。このアンプはとてもいいよ。ブラックフェイスのツインを2000ポンドで買いたいと言ってきたメタル・バンドのやつもいたっけ(笑)。ピート・コーニッシュもあのツインは自分の知っているなかでも最高だと認めたし、僕もツアーに持ち歩くのが心配になってきた。ギターは最近、危うく工場に返却されるところだった新しいストラトを手に入れた。ロゴが消えてたやつだけど、完璧なんだ。プレイしてみれば、誰にでもわかるよ。

家にスタジオを作ったそうですね。

JM:うん。自分ひとりでいつでもテープを回し、作業したいと思ってね。もう一年ぐらいたつよ。ここは自分と素晴らしいミュージシャンの友人たちのための場所だ。エンジニアはスミスのライブでもいい仕事をしてくれたスチュアート・ジェイムスなんだ。ザ・ザのギターも大部分ここでやったんだよ。自分のスタジオでやる時は、ちゃんとした仕事をするのに細心の注意を払わざるを得ないからね。

当面、ザ・ザで活動していくのですか?

JM:うん。マットに会ったのはモリッシーよりも前だし、カースティ・マッコールにはスミスのアルバムでも歌ってもらったこともあるんだよ。みんないい友達だし、家で人並みの生活も送れる。おまけに自分のスタジオも持っている。これ以上望むものは無いよ。今も、ザ・ザのアルバムのレコーディング中なんだ。ロビー・マッキントッシュとデイヴ・ギルモアもこのアルバムに参加しているんだよ。僕は自分のスタジオでやっているけどね。

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