CROSSBEAT 91/AUG.

Interviewer : Yuji Yokota

先月、バーナード・サムナーとのプロジェクト、エレクトロニックとしてのデビュー・アルバムを発表したジョニー・マー。相変わらずセッション・ワークこそ多いものの彼の中ではザ・ザ、エレクトロニックとしての現在の活動にかなり満足しているようだ。今回、インタビューにあたって、エレクトロニック〜ザ・ザ〜スミスとマーのキャリアを遡る形で自ら総括してもらおうと考えていたのだが・・・。出来る限り発言に忠実に構成したロング・インタヴューである。

このプロジェクトを行なうにあたってまず考えた事は何ですか?

「常に新しく革新的なものにしていく事さ。個人的にはシングルを発表する機会が欲しかったんだ。でも大成功したんで1回限りっていう考えがどっかに行ってしまったよ。最初、僕らは実験的なシチュエーションで共同作業してみようかって感じで始めてたんだけど、皆の反応が想像以上に大きかったんだ。今後もバーナードと僕を主体に他のアーティストを加えたりしながら、やっていきたいと思ってる。今回出来上がったものにはとても満足してるし、この2人がいなかったら出来なかったものだと思うよ」

ペット・ショップ・ボーイズとのコラボレーションはどうでしたか?

「とてもうまくいったよ。将来また一緒にやるかも知れないね。彼らは2人とも本当に面白くてさ、あまり人生の事を真剣に考えたりしないって感じかな。彼らとの仕事はとても楽しかったよ。僕とPSBの共通点というのは商業性というかポップに対する見方なんだよね。というのもニールも僕も同じくらいポップ・ミュージックに夢中でさ。曲を書くにしてもお互い妥協しなきゃいけないっていう事はなかったよ」

最初にバーナードがあなたに声をかけたのは87年ですよね。で、アルバム完成まで約4年かかりました。あなたたちのような忙しい人たちがそこまで情熱を持ち続ける事が出来たのは何故ですか?

「いい質問だね。一度レコード作りに取り掛かったら、やっぱりクオリティの高いものにすべきだっていうプレッシャーがある事に気付いてね、軽い気持ちでスタートした割には、結果的に長期に渡るレコーディングになったんだ。僕らはこのレコードにほんと力を注ぎ込んだから、作品に対する情熱はかなりのものだよ。まあ僕ら2人は一生懸命やったと同時にとても楽しめたというのがこのレコーディングに対する正直な気持ちなんだ」

内容は予想以上にバーナード色が強いように思うのですが、それは貴方が意識的に自分の色を出すのを抑えたのですか?

「うん、曲作りは完全な共同作業だったから、自分のカラーを出そうと思えばいくらでも出せたんだ。でも、ギターを使って曲一つ一つに自分のハンコを押すみたいに自分を打ち出す必要無いと思ったんだよ。僕にとってギターは僕自身のパッションなんだ。だからギターというのはレコードを作る上での手段ではあるけど、いつでもどこでもむやみにギターを入れたりしたくはないよ。今までの僕のサウンド・プロダクションのテクニックはギターを最大限に駆使して作り上げたものだった。それは特定の時期における特定の曲に関しては良かったと思うし、いずれそういった路線に戻るかも知れない。ただ、このレコードで僕は人々が想像する以上にキーボードを弾いてるんだ。スミスの時だって、皆が思ってる以上にキーボードが常に入っていた。ヴォーカルとピアノだけ、なんて曲も作ったしね。昔から僕が好きになるギタリストはいつもピアニストでもあった。ニール・ヤング、キース・リチャーズ、ボブ・ディランとね。だから僕にとってキーボードを弾くって事に対して何の違和感も無いんだよ。僕が今、尊敬してるミュージシャンはベース・オ・マティックのウィリアム・オービットとかS-エクスプレスのマーク・ムーア、マット・ジョンソンなんかなんだ。彼らはレコード全体のイメージを抱いてプレイする事が出来るプレイヤーなんだよ。僕がやりたいのはギターを使ってプロテスト・ソングを書く事だけじゃないんだ。僕にとってはレコードを作るという作業総てが魅力的だから、例えば2つの曲があっても、ギターが全く違った方向性の曲を作りたかった。今までのレコードがギターをベースにした同じアプローチだったのに対して、今回はよりポップでマシーンをベースにしたものになってるはずさ」

一方で、この手のユニットは70年代のスーパー・スター連中が余興でやってるのと変わらないじゃないかって声もありますけど。

「まあ、レコードを聴いて貰うしかないな。どう思おうと別に構わないさ(笑)」

これから貴方達はそれぞれザ・ザ、ニュー・オーダーへと戻るそうですね。

「うん、そうなんだけど、エレクトロニックとしても、この夏、アメリカやイギリスでいくつかギグをやる計画があるんだ。なんたってバーナードと僕はお互い凄く近くに住んでるんで、数日間のレコーディングなんて本当に簡単に出来ちゃうんだ。バーナードがニュー・オーダーと仕事をしてなくて、僕がザ・ザと仕事をしてない時が週に何日かあったら、そういう時には一緒にスタジオに入れるわけさ。僕らはバンドじゃないし、2人だけなんで、ふらっと夜に会って、その晩、レコードを作るって事が可能なんだよ。だから、様子を見てまたシングルでも作ってみようかなって考えてるんだ。勿論、全部新曲でね」

ところで、何故バーナードはあれほどニュー・オーダーから逃げ回るんでしょう。ライブが嫌だと言いつつ、エレクトロニックでライブをやるし。

「それは単純な理由さ。エレクトロニックは大々的なツアーをしないからね。ニュー・オーダーだと観客も彼らの特定の曲を聴きたがるし、新しい曲をいくつか混ぜなきゃならない。ビッグ・グループだからそれら総てがとても大きな単位で動く。彼はそれを避けたかったんだと思う。エレクトロニックはその点凄く地道だしね」

ピーター・フックは2月にリヴェンジとして日本に来た時、「きっと俺達とやりたくないんだよ」なんて言ってましたけど。

「バーナードは今、ニュー・オーダーの仕事に入ってるよ。だからあまり心配要らないんじゃないかなあ」

貴方はジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーをどのように評価していたのでしょう。モリッシーは彼らの事をずっと嫌ってましたけど。

「僕はずっとジョイ・ディヴィジョンやニュー・オーダーが大好きだったよ。レコードも買ってたし、ライブも観に行った。彼らは凄く革新的なグループだと思う。特にバーナードの声が好きなんだ。彼のヴォーカリストとしての才能は過小評価されてるね。彼らの作るレコードは常にテクニカルな面を重要視したものだった。”クローサー”の頃からそうだったと思う。”シャドウ・プレイ”、”ディケイズ”、”アトモスフィア”、ニュー・オーダーの1枚目のシングルのB面に入ってる”イン・ア・ロンリー・プレイス”。皆、好きだよ。それにニュー・オーダーは音楽シーンの中で今の地位を確立するのにかなり苦労したと思う。そういった事はほんと尊敬に値するね」

ハッピー・マンデーズのショーンはバーナードとはいつもクラブで遊びまわっていた悪ガキ連中だと言ってたけど、貴方はそれに加わってたなんて事はありますか?

「マンデーズは結成以来ずっと知ってるよ。82年か83年頃はよくスミスと一緒にギグをしたし。マンデーズ、ストーン・ローゼズ、ジェイムス、スミスは皆、同じ時期に結成してるし、マンチェスターは狭い町だから、皆、知り合いになっちゃうんだ。ツアー・クルーにしたって色んなバンドを掛け持ちしてるし、お互い避けてる方が難しいよ」

貴方はソロとしてもワーナーと契約したそうですが、ソロ・アルバムの話でもあるんですか?

「特にソロ・アーティストで、とは指定されてはいないんだけど、モリッシーも僕も何年も前にワーナーとは契約はしている。まあ、将来、ソロ・アルバムを出す可能性はあると思うよ。バーナードとマットが同じ時期に旅行なんかに行ってくれたらね」

続いてザ・ザについて訊きたいのですが、貴方はザ・ザが自分のパーマネント・バンドだと断言する割にはステックス、バンデラスなどセッション・ワークが絶えません。それにエレクトロニックもこれだけ積極的だと、ザ・ザが腰掛けにしか見えないという人も出てきますが。

「ザ・ザにしたって、当初はエレクトロニックと同じようなコンセプトで色々な人達が出たり入ったりしてバンドとして定着したものじゃなかった。そういう意味じゃマットは時代を先取りしてたよね。僕が今、気に入ってるS-エクスプレス、テクノトロニック、ベース・オ・マティックといったグループも皆、1人か2人でグループをやってて、必要がある時だけメンバーを集めてる。ザ・ザは基本的にそういうバンドなんだ。それにマットはパナマへ行ってジャングルを歩きまわったり、砂漠へ行ってインディアンと一緒に居たりするのが好きな奴だけど、彼がそんな事をしてる間も他のメンバーはそれぞれ食べていかなきゃいけないんでね。でも去年はザ・ザとして精力的に仕事をしたよ。アルバムを作って、1年間もツアーをしたし。マットは活動の間にちょっと休みを取って色んな事をするのが好きだから、今のような形になってるけど、僕がツアーに出てもいいと思う唯一のプロジェクトだよ。」

ザ・ザは基本的にマットのプロジェクトな訳ですが、フラストレーションはたまりませんか?

「いいや、そんな事はないよ。ザ・ザはマットそのものであって、僕は彼のバンドで弾かせてもらってる、という感じだからね。僕が初めてマットに出会ったのは、彼がザ・ザを結成した直後で、”魂の彫刻”を書く直前だったんだけど、それ以来、マットとはずっと付き合ってたんだ。お金の問題や地理的な条件が揃っていればもっと前に一緒にやる事が出来たんだけどね。僕がマットとやっている事は物凄く自然な事で、さっきも言ったように17の時に一緒にやっててもおかしくはなかったんだ。でも彼はロンドン、僕はマンチェスターに住んでたからね。それにフラストレーションなんか全く感じないよ。誰がフロントマンになるかという事を問題にしているのであれば、僕はリード・シンガーになんてなりたくはないな。あんなものは酷い仕事だと思うしね(笑)」あのスミス時代の旺盛な作曲意欲というのは、何か別の、例えばギター・プレイとかに興味が移ってしまったのでしょうか?「そうだね。セッション・ワークでギターに没頭し、ギターを弾くことによって自分の方向性を探していた時にザ・ザに入ったからね。それにギターをもう1回かっこよく弾いてみたかったんだ。スミスでは60曲ぐらい作ったりして、その時も色々なギター・サウンドやスタイルを作ったけど、僕が本当にやりたい事は実験的なギター・サウンドだって事がわかったんだ。だから”MIND BOMB”を聴いてもらえばわかるけど、僕が持っているギターのあらゆるスタイルが入ってるはずだよ。僕の作った作品の中で最も優れたギター・レコードだと思ってる。こんなにギターだけの事に専念出来るなんて僕は本当にラッキーだったと思うよ。それにそのうち僕もザ・ザで曲を書いたりするかもしれないし。勿論今はマットが曲を一杯書いているけど、それはそれでとても素晴らしい事だと思う。もうすぐスタジオに入るから、そうしたら色々な事が見えてくると思うよ」

秋に予定されている新作の事ですね。

「僕も何曲か提供する予定だけど、やっぱりマットの作品が多くなるだろうな。今、言えるのはそれだけだよ。でも自分のレコードを出すっていうのがどんな事だろうなってたまには考えるよ。自分のレコードを出すっていうのは良い面もあるとは思うけど」

モリッシー、マット、バーナードと貴方は一風変わったアーティストと共演してきましたが、それぞれ評価すると。

「みんな凄いと思う。それくらいしか言えないよ。皆素晴らしいよ」

そうですか。一人一人のアーティストとして評価する事は出来ませんか。

「(ため息)ああ、、君と他の誰かとの違いみたいなものだよ。彼らもそれぞれ違う人というだけ。正直言って僕が彼らを比較する事は失礼な事だと思うし(苦笑)、彼らの事は有名人リストには入れてないんだ。彼らを単なる友人としてみてるからね。だから、それに対しては全く答えられない」

なるほど。所で貴方がセッション・ワークをする際、引き受けるか否かの尺度は何なんでしょう?

「刺激的でエキサイティングなものであれば引き受けるよ。一緒にやってくれないかって言われる事は光栄な事だけどね。プリテンダーズの場合はアメリカ・ツアーの代理ギタリストとして当初は頼まれたんだけど、結局シングル1枚をレコーディングして、何曲か書いた。あの頃は僕の人生で最もいい時期だったな。クリッシー(ハインド)と一緒にいてとても楽しかったしね。でもあの頃が良かったというのは、ただ無責任に弾いていられたからだろうな。ちょとした休憩が必要だったんだ。新聞や雑誌にも載らない、スポットライトもない・・・。1年間クリッシーと付き合えて本当に良かったよ。彼女はスミスの解散の事でも凄く力になってくれたし。まあ、僕は本当に刺激的な人に何か頼まれるとなかなか”NO”とは言えないんだよ。カースティ・マッコールなんかの場合は、スミスのセッションとかで昔から付き合ってたからね。彼女は昔、僕の大家でさ、僕は家賃を滞納してて返さなきゃならなかった。それでその分、何曲か作曲しなければならなかったんだ(笑)。でも好きでやってた仕事だよ。それに彼女の旦那のスティーヴ・リリーホワイトとも知り合いだったんで、トーキング・ヘッズのアルバムでも少し仕事をしたしね。まあ、セッション・ワークに関しては誰にも悪くは言わせないよ。最高にいい時期で・・・基本的にはレコードを聴いてもらえばわかるけど」

最近はエレクトロニックは勿論、ステックス、バンデラスとダンス・ミュージックが多いですね。何に惹かれるのでしょうか?

「ダンス・ミュージックへの関心は今に始まった事じゃないよ。70年代中頃から好きだったんだ。ウォー、ファットバック・バンド、KC&ザ・サンシャイン・バンドみたいにディスコっぽいものやエヴリン・シャンペーン・キングのレコードも買ってたし、シックはファーストから持ってたしね。スミスが結成された頃は、その辺の音楽がまだ面白い時期で、NYからアフリカ・バンバータやボビー・Oといった連中が新しいダンス・ミュージックを創り出していた。それからも初期の頃のジェリー・ビーンとか、ダンステリアやパラダイス・ガラージが出したものとか・・・この手の音楽に関してはかなり詳しいよ。僕は色々な音楽が好きなんだけど、スミスというバンドは他のバンドがやらないような方向性でやっていく事を意識的に考えていたんだ。だから僕は2年前突然ダンス・シューズを履いて踊り始めた訳じゃなくて、僕がたまたまダンス・シーンに関わった時に最も革新的な事をやってたのがステックスであり、バンデラスだっただけさ。でも僕は一つのものだけに集中するつもりはないし、僕の事をロックだ、ダンスだという固定観念で見られたくないと思ってる。最近でいえば、僕はノースサイドのシングルが良かったと思うし、S-エクスプレスのシングルも良かった。つまり僕が言いたいのは、”ああ、ジョニー・マーは今度、ダンス/クロスオーヴァーの方向性で行くんだ”なんて言われたくないんだよ。だって僕はこの次に思いっきりロックって感じの新しいレコードを出すかもしれないんだぜ」

4月20日付けのNMEで貴方がシーケンサーを使ってダンス・グルーヴを出そうとした”オスシレイト・ワイルドリー””マネー・チャンジズ・エヴリシング”にモリッシーが詞を付けなかった事がスミス脱退の一因のように改めて語っていますが、最近のダンス・ミュージックへの傾倒はある種、スミスへの復讐になっているのですか?

「まずはっきりさせておきたいんだけど、こういった事は段々大仰に語られるし、話がまた新しい話を生むからね。モリッシーがあの曲を拒否したなんて事は一切ないよ。反対にインストゥルメンタルとしてやれって勧めてくれたんだ。なんで彼がその曲でヴォーカルをつけたくなかったかは誰にも分からないよ。ただ彼はインストゥルメンタル曲としての”マネー〜”を本当に気に入ってた事は知ってるし、正直言って僕達がスミス名義で出した曲でモリッシーが気に入らなかった曲なんてないんだよ。ただ、彼は自分のヴォーカルをその曲に合わせるのが嫌だったのかもしれない。でもそれは全くフェアな事だと思よ。僕がダンス・ミュージックに惹かれたのはコンテンポラリーなサウンドだからさ。まあ、ある意味でスミスを結成した頃は、スミスでやっていた音楽がその頃のコンテンポラリー・ミュージックだった。それに今に始まった事じゃないけど、87年ごろは典型的なギター・グループに本当に飽き飽きしちゃってさあ・・・みんな同じような方向に向かっているようでね」

モリッシーが歌詞を付けなかった事が原因でスミスを抜けたなんて事を貴方は一度も話してないのですね。

「そうだよ。そんなに白黒はっきりしたものじゃないんだ。・・・本当に驚いてるんだけど、もう皆スミスに対してそんなに興味を持っていないと思うんだ。僕も含めて殆どの人はうんざりしてるんじゃないかなあ?脱退した理由はいくつかあるけど復讐とかそんな馬鹿馬鹿しい事じゃないよ」

最近フランスの音楽誌で、モリッシーは”スミスはまだまだやり残した事があり過ぎる”と語っていましたが、あなたにとってはどうなんでしょう?

「勿論やり残した事はあるよ。一方でそれまでに僕の人生における素晴らしいレコードを何枚も残したと思う。うん、そう思ってるよ。僕らが今後一緒にやる事がもしかしたらあるかもしれない。でも別々でやって行くのが正しいと思うよ。僕はやりたい事をやってるし、モリッシーも本当にやりたかった事を今、やってる。とても良かったと思うよ。・・・ねえ、僕はジャーナリストには本当にうんざりしてるんだ。君らジャーナリストは彼に酷いことをしてると思うよ。まるでこっちがレコードを出しちゃいけないような感じじゃないか。誰でもレコードを出す権利はあるし、色んなバンドがあってもいいんだ。もしああなったら、なんて余計な事を心配するのはいい加減にやめてさあ、今、起こっている事に集中してみなよ」

でも、スミスは空白といわれた80年代に登場して、物凄いエネルギーで・・・。

「もう、スミスの事は話さないからね。僕は日本や海外の人達に英国の音楽誌や雑誌で僕達を白黒はっきりと決め付けて書いたものを読んで欲しく無いんだ。僕が今、聴いてるのはファンカデリックだけなんて言われてしまうのはとても怖い。だって僕はいまだにストーンズのシングルは大好きだし、ストゥージズ、ニューヨーク・ドールズにも好きなものはあるし、スミスだって好きさ。僕を含めて今の若い人たちは色々なものが好きなんじゃないかなあ?例えばハッピー・マンデーズなんてドノヴァンの歌詞から引用してるし、他の作品ではラヴェルを使ってる。だからビートルズとジェームズ・ブラウンを同時に好きになっても全然構わないんだよ」

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